『露・朝首脳会談』 社交辞令に終始した “やる気 ” のないプーチン大統領

露プーチン大統領と北朝金正恩委員長の初顔合わせとなる露朝首脳会談が、25日、露・ウラジオストクで行われた。

会談後、プーチン大統領は同日の夜に支那・北京へと向かった。「一帯一路フォーラム」の会合に出席するためである。

かたや、金正恩委員長の日程発表では、25日~2泊し、27日に帰国となっていたが、予定を前倒しして、首脳会談の翌日26日に帰国したのだ。予定されていた戦没者慰霊碑での献花式に、予定された時間に遅れロシア側の受け入れ態勢は撤去された後、献花の儀式だけ行われた。

その後の予定も全てキャンセルし帰国した。

理由は明白である…。

「首脳会談の失敗」だ。…

プーチン大統領は、日露首脳会談の時にいつも見せる非礼な「遅刻」はせず、プーチン大統領が金正恩委員長を出迎えると云う、友好的な雰囲気で会談は始まったそうである。両首脳だけの会談も、予定されていた時間より約1時間も長くなされたようだ。

さて、まず会談の冒頭で、プーチン大統領が語ったのは以下。

・「この会談は朝鮮半島情勢をどのように解決し、ともに何ができるか、ロシアに何ができるかを理解するうえで有効だと確信する」

・「北朝鮮と米国の関係を正常化するための努力を歓迎する」

・「貿易、経済、人道問題の分野で協力する」

次に、金正恩委員長が語ったのが以下。

・「全世界の視線が朝鮮半島問題に集中しているが、互いの見解を共有し、共同で調整、研究していくうえで意味のある対話になるだろう」

会談後では…

・「戦略的にこの地域の安定を図り、共同で情勢を管理していく問題などで意見交換する目的がある」

会談前後共に、「共同」と云う言葉を多用していたのだが、即ちこれは、ロシアは自分達と「同陣営」であると強調したかったのであろうと解する事が出来る。金正恩、北朝鮮側からは自分達を支援して欲しいと懇願しているのである。

そして、プーチン大統領の会談後の記者会見での発言が以下。

・「我々の利益は米国と一致している。完全な非核化だ」

・「非核化は北朝鮮にとっては軍縮。そのために北朝鮮は安全と主権の保証を必要としている。それは国際法によるべきだ」

・「その保証を実現するには、これは時期尚早だが、米朝合意があった2005年に遡り、互いの利益を尊重して慎重に進むべき」

・「6カ国協議を今すぐ再開すべきかどうかは分からないが、北朝鮮には安全の保証が必要であり、6者協議の形式も重要だ」

・「(金正恩委員長が)北朝鮮の立場を米国に伝えてほしいと依頼してきた」

あくまでも私見だが、日本のマスメディアでは、これだけをもってして「両首脳は友好的な雰囲気のなか、今後も朝鮮半島の緊張緩和に向けて協力していくことで合意した。」

「ロシアと北朝鮮の協力関係が一気に進んだ」… かのような見方の報道をするであろう。

しかし、そうだとしたら、それは大きな間違いである。

その理由として、両首脳が語った言葉をみると、具体的な措置の提案がないのが解るのである。

特にプーチン大統領の言葉は、例えば「貿易、経済、人道問題の分野で協力する」と云いながら、「我々の利益は米国と一致している。完全な非核化だ」として、北朝鮮側が期待していたであろう制裁解除への具体的協力案は示していないのだ。力による圧力ではなく、国際法的に北朝鮮の安全を保証する必要性を説いていながら、6カ国協議の再開などの具体的動きには「時期尚早」と逃げを打っているのである。言葉だけの社交辞令のようなものに終始しているのだ。通常、首脳会談後に発表されることの多い共同声明も一切、発表されなかった。

プーチンの「やる気のなさ」が解ると云うものだ。

我が国での会談前のマスコミ報道では…

「非核化に向けた何らかの声明が出るのではないか」

「ロシアが経済制裁に苦しむ北朝鮮を助けるために、何らかの経済協力の提案を行うのではないか」などとした “ 期待 ” が込められた事を各社こぞって報じていた。

本当に日本のマスメディアは「中・朝・韓」3ヶ国に乗っ取られている事が解る。

全くの真逆の結果ではないのか??…

注目されるような進展など無かったではないか。

そして、会談翌日、我が国へ核ミサイルで恫喝し、日本人を100人以上拉致した北朝鮮の朝鮮中央通信では、会談で金正恩委員長がプーチン大統領に対して、「米国が一方的で悪意的な態度をとったため、朝鮮半島情勢が膠着状態に陥り、原点に戻りかねない危険な状態に至った」と語り、責任は米国にあることを伝えたと報じたのだ。

最早、日本のマスメディアは無くなってよいものであるのだ。1日も早い解体を望んでいる。

さて、上記の北朝鮮の報道は全くのデタラメであり、プーチン大統領は一切、米国への批判を控えたのだ。これは即ち、プーチン大統領の「やる気のなさ」を如実に表しているものである。

また、先に行われた米韓首脳会談時でのトランプ大統領の「やる気のなさ」と酷似している事も興味深い。

今回の露朝首脳会談で明らかだったのは、両国、両首脳の期待値の温度差だ。いや、金正恩委員長の期待の大きさと云うべきか…

そもそもが、今回の露朝首脳会談は、プーチン大統領が「一帯一路フォーラム」のために北京へと向かうついでにセットされたものだ。

プーチン大統領は、同日、東シベリア南部のチタへ飛び、大火災の対策会議に出席、午後にウラジオストクに入って首脳会談をこなし、夜には北京に発った。

対する金正恩委員長は、前々日に平壌を鉄道で出発し、前日にウラジオストクに到着。会談後も同地で2泊するはずだった。プーチン大統領がわずか半日の滞在だったのに対し、金正恩委員長はウラジオストクに3泊もする予定だったのである。

もともと両国の首脳会談は、ロシア側が約1年前に、金正恩委員長を招待するかたちで提案していた。しかし、米国との関係改善を望外に順調に進めてきたつもりの金正恩委員長は、ロシアを後回しにしてきたのだ。つまり北朝鮮側がロシアを蔑ろにしていたのだが、それが今回の会談ではむしろ態度を一変し、北朝鮮がロシアにすがりつく形となったのである。

では、今なぜ北朝鮮はロシアとの接近を切望したのか??… これも答えは明らかだ。

北朝鮮が追い詰められているからに他ならない。

金正恩は今年2月末、ベトナムで2回目の米朝首脳会談に臨んだ。金正恩としては、すでに老朽化した寧辺の核施設を放棄する見返りに、大幅な制裁解除を狙っていたのだが、周知のとおり、トランプ大統領はそれを受け入れず、席を立ち交渉は決裂した。

現状でトランプ政権は、まだ北朝鮮敵視政策には回帰しておらず、あくまで非核化進展を前提に交渉継続の構えだが、金正恩としては、非核化をこのまま拒んだ場合に米国との関係がさらに悪化する事態に備えなくてはならないと云う事なのだ。

そこでどうしても必要になるのが、米国を牽制できる大国の後ろ盾だ。具体的には、支那とロシアである。

しかし、支那は現在、経済問題で米国と綱引きの状態であり、不必要にトランプ政権と揉めたくはない。米朝首脳会談決裂後、金正恩委員長はおそらく習近平主席との中朝首脳会談を切望したはずだが、米朝交渉の行方が不透明な状況では、習近平主席としても安易に応じるわけにはいかないのだ。支那はもちろんこれまでも北朝鮮の第一の庇護者ではあるが、やはり米国とはまだ対立を深めるわけにはいかないので、米朝が厳しく対立している時には一歩引いており、米朝が和解に向かうと北朝鮮サイドから仲介役として振舞う傾向がある。現在の支那は、北朝鮮の崩壊を避けるために制裁破りを非公式に黙認することはあっても、外交の舞台で堂々と北朝鮮側の肩を持つことはできないのだ。

結果として、金正恩委員長としては、支那だけが後ろ盾というのは心もとない。その点、ウクライナやシリア、ベネズエラなどの紛争、化学兵器を使った英国での暗殺未遂工作、米国大統領選への不当な介入やINF全廃条約破棄などの軍拡競争などで、もはや米国との対立を辞さない強気の姿勢で一貫している露プーチン政権は、北朝鮮としても味方につけられれば、これほど心強いものはない。

したがって、今回の首脳会談でも、本来ならば金正恩委員長は、プーチン大統領から社交辞令以上の力強い支持の言葉を引き出したかったはずだ。具体的には、米朝交渉の決裂は米国側の責任だと明言し、米国側に妥協を促す言葉であったり、あるいは経済制裁の大幅解除を支持するような発言などである。

しかし、プーチン大統領はそこまでは踏み込まず、冒頭に述べたような社交辞令の範囲に留まった。ベネズエラ問題などで声高に米国を非難しているのに比べて、米国を非難することはなく、非核化という目標でロシアは米国と完全に一致しているとまで断言した。ロシアはもとより北朝鮮の安保理決議違反の核・ミサイル開発に対する制裁には参加していく方針を堅持している。自らが先頭に立ってそれを覆すほどは、北朝鮮を「使えるカード」とは評価していないのだ。

プーチンにとって北朝鮮問題の優先度は??…

両国・両首脳、初の会談は、おそらく北朝鮮サイドの強い希望で行われたものであろう。プーチン大統領としては、金正恩委員長と会談してやることで北朝鮮を自らの手の内に入れ、対米牽制カードの1枚にする思惑はあったかもしれないが、それ以上は特に大きな政治的、もしくは経済的な利益が見込まれるわけではなく、実際にはさほどの熱意はなかったと云う事であろう。そこは北朝鮮と深い経済的な関係があり、さらにその動向が自国の安全保障にも大きな影響がある支那とは、ロシアは異なる立場にあるのだ。

もちろん米朝交渉の進展次第では、朝鮮半島における米軍のプレゼンスを弱められる可能性があり、それが実現すればロシアにとっては大きな安全保障上の利益になる。だが、その切り札にするには、北朝鮮は「それほど使えるカードではない」と云うのが、プーチン大統領サイドの評価なのであろう。

現在、プーチン政権は前述したように、米国や西欧主要国などと激しく対立している。しかし、その対立の主戦場は欧州正面であり、中東であり、米露核戦力であり、サイバー空間なのだ。東アジアの優先順位は低い。

しかも、これはロシア政府だけの意識ではない。今回、会談後のプーチン大統領の記者会見でも、質問の後半はウクライナ問題に集中していた。ロシアでも欧米でも、露朝首脳会談は大ニュース扱いと云うわけでは無いのだ。北朝鮮の問題は、結局は米朝の問題なのである。今後、米朝の主張が対立する局面では、ロシアは北朝鮮側をなにかと擁護することもあるだろうが、それほど深入りすることもないであろう。

さて、ここでまた私見となるが、金正恩のロシア訪問の収穫は「亡命ルート」の確認かもしれないと云う憶測である。

まず、最初のテタテ会談(両首脳と秘書だけの非公式会談)は、1時間の予定が、約2時間に延びた。初顔合わせだった両首脳は、ここでいったい何を「密談」したのか??…

考えられる事としては、トランプ政権との今後の核交渉、ロシアから北朝鮮への食糧・エネルギー支援、ロシアに派遣している北朝鮮労働者、ロシアから朝鮮半島へのパイプライン設置等々と幅広い。

ここで全く報じられる事はないが、もう1つ、両首脳の間には重要な密談があったと推定している。それは、北朝鮮有事の際の「金正恩ファミリーの亡命ルートの確認・確保」である。

金正恩委員長は、支那への「南浦ー威海ルート」だけでは不安になっているのではないのか??

朝鮮戦争が休戦したのは1953年だが、金日成主席は、再度、アメリカから空爆を受けた際の対策を考えた。平壌から支那に逃げるには、海岸沿いの陸路で新義州へ抜けて、そこから鴨緑江を渡って中国側の丹東に入ると云うのが「最短ルート」である。距離にして、約200kmだ。

しかし、この陸路は、海沿いのため、空爆が容易で危険である。そこで密かに、平壌の「金日成官邸」(金日成主席の執務室)からトンネルを掘って、黄海に面した港湾都市・南浦(ナムポ)まで通じるようにしたのである。約60kmの地下トンネルだ。南浦には、密かに非常用の高速艇と小型機を用意した。それに乗って、海路もしくは空路で、黄海の対岸に位置する中国山東省威海の中国北海艦隊基地まで向かう。距離は300km弱である。

支那と北朝鮮は、国連軍(アメリカ軍、韓国軍)を相手に、朝鮮戦争をともに戦った「血盟関係」にある。1961年には、金日成主席が訪中して、中朝友好協力相互援助条約という軍事同盟も結んでいる。

だが、金日成主席は、1994年に急死。用心深い性格だった2代目の金正日総書記は、21世紀に入って、この「南浦-威海ルート」だけでは不安に思うようになった。支那は1992年に、朝鮮戦争以来の仇敵である韓国と電撃的に国交を結んでおり、信用できなかったからだ。

埠頭の租借と引き換えに……。

一方、ロシアも、2001年に中国がWTO(世界貿易機関)に加盟し、2008年に北京でオリンピックが開かれた事などで、100年続く「ロシアが兄で支那が弟」という両大国の関係が逆転することを恐れた。そこで、「中国の裏庭」である北朝鮮に接近を図ったのである。

2008年、ロシアと北朝鮮は大胆な「合意」に達する。それは、北朝鮮はロシアに、日本海側の羅先港の第3埠頭の権益を49年間租借させる、ロシアは港湾の整備と、羅先~ハサン間54kmの鉄路の復興を担当する、と云うものだ。この鉄路はもともと、日本植民地時代に整備したもので、すでに廃線になっていた。

金正日総書記は、このロシアへ向かう鉄路に、「保険」をかけたのである。即ち、鉄路の地下に、「亡命用道路」の整備も、密かにロシアに対して依頼したのだ。

そのため、この国際鉄道建設は、鉄道建設を専門とするロシア鉄道(本社モスクワ)と、トンネル建設を専門とするロシア極東山岳建設(本社ウラジオストク)とが、共同して請け負った。そして、わずか全長54kmの「鉄路の整備」に、約5年もかかり、2013年9月22日に、完成式典がハサンで行われたのである。ロシア鉄道のウラジーミル・ヤクーニン社長(当時)と、北朝鮮の全吉洙鉄道相(当時)が式典に参加し、国際的な輸送網が完成した意義を強調した。

この時、北朝鮮は、金正日時代から金正恩時代へと変わっていた。「不動のナンバー2」と云われ、この鉄道建設の最高責任者でもあった張成沢党行政部長が処刑されるのは、この式典から2カ月余り後のことだ。

北朝鮮で金正恩委員長が、完全に推戴儀式を済ませてから半年ほど経った2012年11月、支那では習近平が、支那共産党総書記に就任した。その後、2017年まで、約5年にわたって、中朝はいがみ合っていた。両者とも「お山の大将」のような似た者同士だったため、互いに反発していたのである。

2017年、米国にトランプ政権が誕生し、北朝鮮空爆の可能性がかつてなく高まった。しかし、金正恩委員長は、習近平政権とも「反目」していたため、北朝鮮有事の際に支那へ亡命するという選択肢はなかった。そのため、この「ロシア亡命ルート」が、極めて重要になってきたのである。

「亡命ルート」確認のため空路ではなく鉄路で訪露した理由は、金正恩委員長は、北朝鮮側の羅先は、何度か視察したことがあったが、ロシア側へ行くのは、今回が初めてであった。露朝首脳会談前の一部報道では、金委員長がロシア製の専用機でウラジオストク入りするとの憶測が伝えられたが、それでは「亡命ルート」を確かめられないので、鉄路で行くに決まっていたと云う。

金委員長は国境を越えると、まずはハサンで「1号列車」(スターリン大元帥が金日成主席に贈ったお召列車)を降りた。表向きは、かつて金正日総書記も見学した「露朝友好の家」を見学するためだった。だが、まったく報道されないものの、有事の際にハサンで避難する場所を確認した可能性があるのだ。

ロシア国境の町ハサンに到着した北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長。

そして、金正恩委員長とプーチン大統領の首脳会談が行われたウラジオストクである。テタテ会談に続いて行われた、側近を交えた首脳会談には、ロシア側に、ロシア鉄道のオレグ・ベロゼロフ社長が着席しているのが確認できたのだ。

4月25日、ウラジオストクで金正恩氏との会談に臨むロシア代表団。

極東山岳建設の幹部は確認できなかったが、首脳会談の終了後に行われた晩餐会には、当然、招待されていたであろう。もしかしたら金正恩委員長はお忍びで、極東山岳建設の本社を訪問していたかもしれない。

ともあれ、米朝は「振出し」に戻りつつあり、今後の朝鮮半島情勢は、2年前のように、刻一刻と深刻化していくリスクを孕んでいる。そうなると、やはりポイントは、「ロシア亡命ルート」になってくる。今回の露朝首脳会談の成果は少なそうだが、金正恩委員長にとってのせめてもの「成果」は、亡命ルートの確認だったのではなかろうか。

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