『菊と刀』平成最後の日

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「菊と刀」

著者・ルース・ベネディクト

本日4月30日をもって今上陛下が御譲位なされ「平成」が終わり、翌5月1日、我が国日本は新しい時代「令和」となる。

ここ最近まで目にして来た天皇陛下に対する日本国民が示している尊崇の念は、大日本帝国憲法期か、またあるいはそれ以上のことのような気がしている。大日本帝国憲法から戦後の日本国憲法(米国GHQ憲法)へと変わった法の下ではともかく、この事案は実質的に革命では無かったのではないか…??

日本人と御代替わりと革命を考えてみた。

一例としてではあるが、外部からの視点、観察としての日本国、日本人像として、本稿タイトルである、ルース・ベネディクト著の「菊と刀」の中に、「より正確な日本人の真の姿を伝えた」言葉として、昭和20年10月の幣原喜重郎総理大臣の次の演説が記されていた。(社会思想社)

幣原喜重郎内閣総理大臣

以下引用

「新日本の政府は、国民の総意を尊重する民主主義的な形態を取る。(中略)。わが国においては古来、天皇は国民の意志をそのみ心としてこられた。これが明治天皇の憲法の御精神であって、私がここに云うところの民主的政治は、まさしくこの精神の顕現と考えることができる。」

以上

近代より国家の意思とは、多くの立法で顕現している。

現時点では、正しく理解しているのか自信を持つ事は出来ないが、幣原喜重郎総理によれば、天皇陛下のご意思とは、国民の意思を尊重する事を御自身の御意思となされたと云うのであろう。

天皇の権力を制限した、大日本帝国憲法が保障する基本権には、法律の留保が存したが、帝国議会の協賛の下に立法権を有した天皇には、帝国議会が決定したところについて拒否権はなかったのだ。天皇の御意思の表明という建前の大日本帝国憲法上の法律は、帝国議会の意思、即ち、臣民の意思に外ならなかったと云うわけであろう。

ルース・ベネディクト氏は上記のように幣原総理が説明した我が国日本的な民主主義について…。

「このようなデモクラシ-の説明は、米国人読者には全く無意味、いや、無意味以下のものと思われるのであるが、日本が西欧的なイデオロギ-の上に立つよりは、そのような過去との同一視の基礎の上に立つ方が、いっそう容易に市民的自由の範囲を拡張し、国民の福祉を築き上げると云うことは疑いの余地がない。」

と評している。

また、ベネディクト氏は「日本は、西欧流のデモクラシ-の政治機構の実験をするであろう。だがしかし、西欧的な制度は、米国におけるように、よりよき世界を造るための信頼される道具とはならないであろう。」とも記している。

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「菊と刀・英文版」

さて、欧米の民主主義とは、絶対的な天主(神)の権威を基として、絶対的支配を行った国王に対しての「抵抗」として生まれたものである。しかしながら、日本では、神話の世界での神々さえ会議を開いて決定を下すと云う習性、性質を持って産まれた我が国・日本人には根本的に、また、大もとに絶対的なものの存在が無かったのである。

故に…

聖徳太子が制定した「十七条憲法」の冒頭に定めた事は「以和為貴」… 即ち「和を以て貴しと為す」と云う事であったのだ。

「聖徳太子」

しかもそれが、上が一方的な権力支配ではなく下に接すれば、下は自ずから睦み合う「上和下睦」(上に立つ者が和らいで下に接すれば下の者も上の者と慣れ睦み合う)ことを規定したのである(憲法 1条)

こうした姿勢から聖徳太子「十七条憲法」では最後に、「夫事不可獨斷。必與衆宜論。少事是輕。不可必衆。唯逮論大事、若疑有失。故與衆相辮、辭則得理」(それ事を独断すべからず。必ず衆と共に宜しく論ずべし。小事は之軽い。必ず衆にすべからず。唯大事を論ずるに及ぶ場合、誤まりあることを疑う如く。故に衆と共に相弁え合えば、ことば即ち理を得ることができる)として、「小さなことは一々皆に図ることはないが、大切なことは過ちが生じないように皆で話し合って解決せよ」と定めている。

この精神が、我が国日本が近代に突入するに際して「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ」「上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フベシ」として継承され、更に、昭和21年1月1日の「新日本建設の詔」で真っ先に継受されたのだ。

日本国憲法41条は国民を代表する(選ばれた者たちの話し合いの場である)国会を国権の最高機関としているが、これがロック的思想の系譜に属し、米国GHQが起案した事は間違いないとしても、それは、すこぶる我が国民的習性を具現したものでもあったのである。

元より絶対的なもの(天主)を持たなかった我が国日本には「 和 」即ち、話し合いの精神に満ち満ちていたのである。

ルース・ベネディクト氏は日本人を革命家になる事はなく、「かつて明治時代に行なったように、制度そのものには少しも非難を浴びせずに、最も徹底した変革を実現できる」国民と評価したが、上が下を想い、下が上を敬い、常に話し合いの精神が基盤に有る我が国日本に、革命が生じないのはそのような国民性に因るものであろうかと云えるのではなかろうか??

日本国憲法上「象徴」と規定された平成28年12月20日の天皇陛下の御言葉には…。

「私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈る事を大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。」… とあったのである。

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